読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

混沌じょのいこ。

だいじょうぶだ、おれはしょうきにもどった!

物語を超えていけ

雑記

先日の中国杯の一件で一番ショックだったのは、放送局が選手の怪我を「感動」を呼ぶためのコンテンツとして扱ったことでした。
生身の人間が目の前でひどい怪我をしている、しかもスポーツ選手にとって怪我というのはそれこそ人生を左右するほどのことなのに、どうしてあんな実況をしたりテロップを出したりできるのか、と。これは本当にスポーツの生中継で起こったことなのか、と。
選手の健康状態よりも、「感動」を呼ぶ「物語」を見せることが優先される。そのためのコンテンツとしてスポーツがあり選手がある、というメディアの認識があからさますぎて、もう絶望しかないです。

…で、大輔さんの近年のドキュメンタリー番組に多々感じるうんざり感も、制作サイドがあらかじめ準備した「物語」を見せようとしてるからなんだよなあ、とつくづく実感した次第でしてね。
怪我との戦い!世代交代の波!追い詰められたベテランの苦悩!苦悩!また苦悩!!的なね、あーこういうのテレビ局って好きだよね、的なね。
確かにそれもまた彼を形成する一部なんだろうけど、そこだけクローズアップして「物語」にするのは違う、違うんだ。俺たちが見てえのは、また魅せられたのは、本質は、そこじゃねえんだ。

ここで唐突に馬の話になりますけどね、競馬って昭和の時代からそれこそ「物語化」の最たるものなんですよ。でも昨今のスポーツ(だけでなく、事件事故災害関係もそうだよな)の物語化とちょっと違うのは、みんな「わかっててやってる」ことです。
だって身も蓋もない言い方すれば馬ですよ動物ですよ。華麗なる一族とか薔薇一族とか皇帝とか帝王とか貴公子とか、馬ですよ。そんなのみんなわかってて、わざと乗っかって盛り上がってるんです。
そんな中、サイレンススズカという馬がおりましてね。「彼」の「物語」をざっと書くなら、こう。

若い頃は天性のスピードを持ちながら、控える「大人のレース」をさせようとする陣営の方針が合わずちぐはぐなレースが続いた。しかし天才・武豊によって、スピードを抑えず自由に走ることを覚えてからは逃げに逃げまくって破竹の快進撃。宝塚記念で念願のG1を勝つと、次走毎日王冠ではエルコンドルパサーグラスワンダーを破り誰もが認める最強馬となった。しかし圧倒的一番人気に支持された天皇賞・秋で骨折、競争中止予後不良となり安楽死処分が取られた。

そう、レース中の事故で死んでしまったサイレンススズカは、その後メディアで語られる際はずっと「悲劇の」という冠がつけられることとなってしまった。

でもなー!俺思うんだけどなー!サイレンススズカの本質はそこじゃねえんだってー!!
確かにあの事故は衝撃的だった、動揺して思わず後楽園ウインズで隣にいた見知らぬおっちゃんに「だだだ大丈夫ですよね!?!?」とか話しかけもした。おっちゃん困ってた。ごめん!でも!まず「悲劇の」という言葉をつけて語られるのは違う、サイレンススズカの本質は、本質は、


これだーーーッ!!!


どうだー!見たかーー!!
俺当時これ見て14インチのテレビの前で大爆笑してたよ。あの時代にツイッターで実況してたら140字ひたすら大草原だよ。
サイレンススズカの「物語」でよく語られるのは、エルコン・グラスと対決した毎日王冠でありねんがんのG1をてにいれた宝塚記念であり、そして「悲劇の」天皇賞・秋だったりするんだけど、俺は声を大にして言いたい、この金鯱賞の爆笑するしかない大差ぶっちぎり逃げ切りレコード勝ちこそがこの馬の真髄であり本質であると!この、ただひたすら「なんか凄いもん見た」感こそが「物語」を超えるものだと!

そうなんだ、「なんか凄いもん見た」からオレらは大輔さんファンになったわけだよ。それまで普通のファンだった自分が、気がついたらバンクーバーで二日後のフリーが待ちきれず、録画したSPのeyeをひたすら何度も何度も何度も何十回も繰り返し見て「ヒョハー!」「クヒー!」「すっげやっべwww」「いつまで見てんだwwwでももう一回www」とか一人で言ってたあの時、知らずにフラフラとジェットコースターに乗ってたんだよ。
物語じゃない、ただ眼前に繰り広げられるなんか凄いもんから目が離せなくなっちゃうんだ。ファンになるタイミングは人それぞれだけど、それだけは共通している。ごく最近、ソチでファンになった人たちはそれまでの高橋大輔の「物語」なんか知らない、怪我のことすら知らない、あの「なんか凄く美しいもの」に撃ち抜かれたんだ。それだよ。ただそれが見たいんだよ。

そんな「なんか凄いもん見た」感の真髄中の真髄、サイレンススズカ金鯱賞のようなものが高橋大輔にもある。それがッ!


これだーーーッ!!!




見よ、この圧倒的なグルーヴ!!
試合中のスケートリンクだというのにライブハウスのようなこの高揚感、試合だというのに拳を振り上げてフォォーゥ!とか叫びたくなっちゃうこの感じ、真夏の野外フェスで見てぇぇー!という無茶すぎる欲望、溢れ出る脳汁、ノリノリでついアドリブ入れたくなっちゃう俺の脳内エディ・ルイス。たまんねー!たまんねーな!!!なんか!すっげーもん!見たーッ!!!

その背景には何の「物語」もない。ただ「なんか凄いもん見た」個々の感動が爆発しているだけだ。そう、だから大輔さんのドキュメンタリーでこのシーズンがスルーされるのわかるんだ。そこには怪我も世代交代の波もない、だからわかりやすい「物語」を作りづらい。
でもそんなもの、本当はいらないんだぜ?どうしても「本心を激白」させたいなら、KENJIと焼肉食わせとけばいいんだぜ?警戒心ゼロの素の姿、誘導された質問に答える姿を見るよりずっとずっと楽しいぜ???


補足:「なんか凄いもん見た」とは!とあるフォロワーさんがSOIに行った際に聞いた、ロクサーヌの後に隣の席のオッサン三人組がざわ…ざわ…してた時の言葉である!