薔薇の咲く星

(「胸の薔薇は枯れず」の続編です)


……それから王子さまは、遠く遠く旅をしました。胸に一輪の薔薇を秘めて。
いろいろな星をめぐりました。いろいろな人に会いました。
「ねえ、きみはどの星が好き?」
王子さまが胸の薔薇に語りかけると、薔薇はいたずらっぽくほほえんで、決まってこう言いました。
「あたしは、あなたが一番好きな星が好きよ」
けれども、そう言われるたびに王子さまは困ってしまうのでした。
めぐる星々はどれも美しく、きらきらと輝いていたけれど、どの星が一番好きかと言われると、答えることができないのです。
王子さまは旅人でした。自分の星を、大切な薔薇さえも置いて飛び出した、旅人でした。
ああ、このぼくだけの薔薇を、薔薇の大好きなところに連れて行ってあげたいのに。
星をめぐればめぐるほど、薔薇はここが好きだろうか、どうだろうかと気になって、ぐるぐると考えてしまうのです。

そんなある日、王子さまは小さな星々がぽつりぽつりと浮かぶところへおとずれました。
そこは王子さまの星と同じぐらい小さな星のあつまりで、それぞれにやっぱり一人ずつ王子さまやお姫さまが住んでいて、そうしてめいめいに、花を育てているのでした。
きれいな大きな花を咲かせている人がいます。小さな花を、だいじにだいじに守っている人がいます。
強い風に何度も枝が折れても、あきらめずに苗木を植える人がいます。
昼間のつよい日差しをさけて、静かな夜にひっそりと水をやり続ける人がいます。
王子さまは思い出しました。王子さまの星も、この小さな星々のあつまりの片隅にあったことを。
そうしてそこで、今、胸に咲いているこの薔薇を、だいじにだいじにーー時々はけんかをしたり、顔を見るのも嫌になったりしながらーー育ててきたのだということを。
「ぼく、ここが好きだよ」
王子さまの口からは、自然にその言葉が出ていました。
「ねえ、きみは、ここが好き?」
すると薔薇は、
「それは、あなたが知っているでしょう?」
と、いたずらっぽく笑うのでした。

そうして、王子さまは自分の、小さな星に帰ってきたのです。
「うわあ、たいへんだ」
王子さまは星を一目見るなり笑いだしました。
なにしろ小さな小さな星に、大きな大きなバオバブの木が生えているのです。
ここで薔薇の世話をしていたころは、どんどん生えてくるバオバブの芽を抜くのが王子さまの日課でした。それはもう何年も何年も、毎日毎日続けてきたのです。
ところが王子さまが留守にしている間に、バオバブは生えほうだい。胸の薔薇は枯れなくても、植える土地がありません。
「ようし、まずは土地をつくろう」
大きな大きなバオバブを少しずつ切って。
切りかぶを、よいしょ、よいしょと掘り出して。
何度も何度もくりかえします。
木から落ちたり、転んだり。王子さまは泥だらけです。
何日も何日も何日もかけて、ようやく、薔薇を植える土地ができました。
王子さまは、胸から薔薇を取り出すと、そうっと、ふるさとの星に植えました。
薔薇は、つぼみになっていました。
けれども、そのあざやかな色、かぐわしい香りは、まぎれもなく王子さまの薔薇でした。
「あらいやだ、あなた、泥だらけじゃない。それに、あたしもちゃんと咲けていないわ」
そんな口の悪さも、王子さまの薔薇ならではです。
「見てろよ、今にびっくりするほどきれいに咲かせるぞ」
王子さまはそう言って笑いました。
これまでたくさんめぐってきた星々で、肥料のつくりかたや水のやりかただってちゃんと見てきたのです。
そうして王子さまは立ちあがり、めぐってきたたくさんの星、出会ってきたたくさんの人に届くよう、大きな声でさけびました。

「おおい。ここが、ぼくの星だよ。これが、ぼくの薔薇だよ」

王子さまの星に、遠くから「おかえりなさい」と小さな声が、たくさんふりそそいできました。




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